
涼やかにまとう、夏の着物のしきたりと知恵
2025年08月02日 21:17
みなさま、お暑うございます。
桐ひらくの石井庸子です。
7月と8月の着物の正装は、この「絽」か「紗(しゃ)」という透け感のある涼やかな生地を用いるのがしきたり。
この季節になると、私は着物はもちろん、帯や帯締め、帯揚げ、半襟に至るまで、すべて絽で揃えております。
肌で感じる、天然素材の心地よさ
着物の下に着る長襦袢は、麻の素材のものを選びます。さらりとした肌触りが心地よく、汗をかいても快適に過ごせます。
昔は着物や長襦袢だけでなく、足袋も夏物と冬物に分かれていたのですよ。
最近では、絽に見立てた化学繊維の着物も多く見られます。
手軽に楽しめる良さがありますが、着心地はやはり、天然素材が持つ本来の軽やかさ、涼やかさやには、ちょっと引けを取ってしまうかなと思います。
昔と今、変わりゆく夏の装い
私が若かった頃の東京は、真夏でも気温が28度か29度くらいまででした。
そのため、夏に着物を着て、普段は浴衣で過ごすという生活は、決してつらいものではなく、むしろ快適だったことを覚えております。
その頃は、冠婚葬祭もすべて夏の装いで行われていました。花嫁さんの打掛や掛下、新郎さんの紋服、そしてご参列者の留袖や訪問着も、どこのホテルや貸衣装店でも夏物がきちんと用意されていたのです。
これは日本の着物文化であり、しきたりとして当然のことでした。
現代では空調設備が整ったおかげで、真夏の結婚式でも冬物の着物(襲・かさね)が着られることが多くなりました。
私たち着物に携わる者としては、本来あるべき夏の装いの美しさや意味を、しっかりとご理解いただいた上で選択していただけると嬉しいなと感じています。
文化というものは、その本質を深く理解した上で時代に合わせて変化させていくことと、何も知らないままに変えてしまうこととでは、現れる結果にとても大きな違いが生まれます。
日本の大切な文化継承に携わる者として、そのしきたりをきちんと把握し、心を込めて次代へ繋いでいくことが、私たちの役割ではないでしょうか。
着物を守る、仕立ての知恵「居敷当て」
ここで、着物の仕立てについて少しお話しさせてください。
着物は基本的に、すべて手縫いで仕立てられます。「かぶせぬい」という特別な縫い方を用いることで、縫い目が表に出ず、美しい仕上がりになるのが特徴です。
特に、夏物や単衣(ひとえ)の着物には、昔ながらの知恵が詰まっています。お尻の部分に「居敷当て(いしきあて)」という共布や白地の布を付けるのもその一つです。
この居敷当てには、大切な役割が二つあります。
一つは、立ったり座ったりする際の生地への負担を軽減し、縫い目が裂けたり伸びたりするのを防ぐ「補強」の役割。
そしてもう一つは、夏物の着物特有の透け感を和らげ、下着が響かないようにする「透け防止」の役割です。
この一枚があるおかげで、私たちは安心して夏の着物を楽しむことができるのです。
これも先人たちの生活の知恵ですね。
最近の浴衣はミシンで縫われ、どちらかといえば手軽な価格帯のものが増えたため、この居敷当てが付いていないものがほとんどです。
しかし、伝統的な製法で作られた上質な浴衣をあつらえる際には、今でもきちんと居敷当てが付けられます。
こうした細やかな知恵を、これからも大切に守り伝えていきたいと心から思っております。
さて、9月になると単衣の季節がやってまいります。
季節の移ろいに合わせて装いを変えるのも、着物の大きな楽しみの一つです。
それでは皆様、またお目にかかる日までごきげんよう。
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